イスラム教の成り立ち イスラム教は、ユダヤ教、キリスト教と同じ起源を持つ人格神(人のように知性と意思を備えた神)の一神教です。 イスラム教では、キリスト教のイエスは神ではなく預言者の一人で、ムハンマド(570頃ー632;マホメット)は「最後の預言者」です。ムハンマドが神から預かった言葉が聖典クルアーン(コーラン)です。 従って、人はクルアーンをもとに神と直接につながる。キリスト教のように難しい「三位一体」、「神の子」、「復活」というような教理はありません。 イスラム教の特徴はキリスト教と比較して
生活 死生観 イスラームでは、人間も森羅万象もすべてが創造主である神によって創られた被造物でありそれぞれに与えられた時間が過ぎれば、現世から去って来世へと移り、本来の生を生きる存在である。したがって、死は有限な現世の生と永遠の来世の生をつなぐものであり、決して生命の消滅でも敗北でも、ない。「死」がなければ、人問は来世に復活し、神のもとで永遠の生を生きることはできない。イスラームでは復活は「帰ること(イアーダ)」であり、神によって創られたものが神のもとへと帰ること、「帰天」である。 彼らは尋ねる、「われわれが骨や砕けた土になったとき、われわれが新しい被造物として甦るのでしょうか」と。彼らにこう言うがよい、「あなた方が石や鉄になったとしても、またあなた方が胸のなかで考えるものになったとしても」と。彼らはさらに「誰がわれわれを甦らせるのでしょうか」と問う。彼らに言うがよい、「それは最初にあなた方を創造なされたお方である」と。( 17:49-51) 「本当にわれわれは神のものであり、われわれはかれの御許に帰ります。(インナー・リッラーヒ・ワ・インナー・イライヒ・ラージウーン)」(2:156)人間はだれでも必ず神のもとに帰るものであるということを、人の死に際して再確認する言葉である。 (この項目は『イスラームの人間観・世界観ー宗教思想の深淵へ』塩尻和子・2008より抜粋しました) 筆者は、旧約聖書の「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。(ヨブ記1:21)を思い出す。