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宗教 キリスト教

経済学の古典であるカール・マルクス『資本論』、マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』から宗教を考えます。

カール・マルクス
 カール・マルクスは若い頃(25歳)すでに、宗教に関して次のように書いています。「宗教上の悲惨は、現実的な悲惨の表現でもあるし、現実的な悲惨に対する抗議でもある。宗教は、抑圧された生きものの嘆息であり、非常な世界の心情であるとともに、精神を失った状態の精神である。それは民衆の阿片である。」『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』城塚登訳 岩波文庫、1974年。)。
 宗教を「民衆のアヘン(阿片;痛みを除く麻薬」)」と言いました。この文書からも明らかなように、宗教を批判しているのではなく、宗教に頼らなければなっらない労働者を中心にした現実的な貧困に言及しているのです。『資本論』にも本文ではなく脚注の中で生産手段を持たない労働者階級の人々が物質的な悲惨さを前に、精神的な慰めを得るために宗教に頼らざるを得ない現実をその貧困さを示す膨大な資料から示している箇所で用いられています。