秋の味覚


私の郷里は奈良であるが、大阪に出かけるには電車で30分といたって近く、電気器具の専門店の多くある日本橋界隈に出かけることは多い(但し、奈良みたいな町でも、最近は田んぼの真ん中に電気器具の大きな専門店が出来、値段もあまり変わらないので、そこで用を済ますことも多い)。近鉄の日本橋駅を降りたところに大阪では有名な黒門市場がある。外国から来た者にはやはり珍しいものが多く、どうしても余計な買い物をしてしまう。今年の9月の初めの暑い日、例によってその市場で買い物をしていた。魚屋の店頭で魚をで眺めているとコックの服装をした兄ちゃんが店の方に、店頭の一匹100円の秋刀魚を指差し、「これ刺身に出来る?」と尋ねた。店の方は「それはだめだけど、中に新鮮なのがあるよ。但し一匹240円だよ」と答えた。「それじゃそれを五匹下さい」とコック風の兄ちゃんが頼んだ。店の方が包んでいる間、その兄ちゃんに思わず「秋刀魚の刺身って美味いの?」と尋ねるとニコニコしながら、「それは美味いで」と答えてくれた。
サンパウロで手に入る秋刀魚は、以前は日本の遠洋航海のマグロ船が餌代わりに持ってくる痩せたマグロが、どういうわけかサンパウロの日系の魚屋に出回っていたが、今は日本からの冷凍物に代わった。そんなわけで新鮮な秋刀魚に出会うことは初めてで、秋刀魚が刺身で食べられるとは露にも思わなかった。つい「それじゃ私にも2匹」と頼み、家に持ち帰った。母は一人暮らしの92歳であるので料理はもう出来ない。仕方がないので自分で秋刀魚を裂いて刺身を作ることとした。家内の魚の料理のやり方を思い出しながら、やっと刺身らしきものに仕上げた。生姜醤油で食べたところそれは美味しかった。へたなマグロよりずっと美味しかった。姉に聞くと日本では新鮮な秋刀魚を刺身にして食べられる方も多いとか。
サンパウロではマグロやブリ、ボラ、カツオ、鯵、イカ、タコ等々の刺身も日系人食卓に上るが(また、最近はサンパウロ市内の焼肉専門店に行っても、刺身や寿司がブラジル人向けに用意されていることが多いほど、日系人の枠を超えて普及化している)、移民初期時代からサントス沖合い(?)で取れる新鮮な鰯を刺身で食べることが多い。これも生姜醤油で食べるが、新しければどんな刺身よりも私には美味に思われる。日本でも鰯を刺身で食べるのであろうか?
そう言えば前回サンパウロの奥地に行ったとき、農園で歓迎の為、チラピアやツクナレーといった川魚の刺身をわざわざ川で取ってきて振舞ってくださった。ブラジルに42年居るが川魚を刺身で食べるのは初めてで、寄生虫の心配をしながら恐る恐る食べた。美味であった。地元の人の話では川魚でも水が滞留するところの川魚は危険で刺身で食べられないが、流れている川の魚は大丈夫だ、とのことであるが真偽のほどは分からない。今週末再度、その地に出かけるがまた、出されたらどうしょうと心配している。

サンパウロ 伊東